講座体験談

匿名

参加動機

 

10年近く、様々なブランドのフラワーエッセンスを自己流で使ってきてましたが、昨年、認知症が出てきた母の介護の悩みがきっかけ、初めてマウントフジフラワーエッセンスに出会いました。それまで出会えなかったのが不思議ですが、そこに示唆するものもある気がしています。

講座に参加するまでは自己流でエッセンスを使用しながら、遠隔セッションと対面セッション1回ずつ受け、それらの経験を通じ、海外のブランドではどうしても得がたかった「根っこにまで届く感じ」など“身土不二”の手応えを得ました。マウントフジフラワーエッセンスを「我が道の探求の共に」、また、より深く微細にギフトを受け取りたいとうようになりました。

マウントフジフラワー を使うようになって最近は、自分がエネルギーの混濁の海の中にいたことを自覚。無分別に受けっぱなしであった状態から、自分をしっかり守り、しっかり自分にグランディングしたい、エネルギーの世界にもっと意識的に生きれるようになりたい。基礎講座の項目に<微細エネルギー解剖学の基本理論>も入っていたので、これを機会に認識を深めたいと思いました。

もうひとつ具体的な目標は、「ペンデュラムを使えるようになること」。ペンデュラムの存在は良く知っていましたが「私なんかには使えない」という苦手意識がなぜか根強くあり、講座の項目にあることは実は躊躇の要素でしたが、エネルギーの理解に繋がるかも、と考え直し挑戦したいと思いました。

講師のプルニマ様のことは、<日本フラワーエッセンス協会>のホームページやブログの方でとても良く拝見してましたし、ホームページからお名前が“フルムーン”を意味することを知り、参加への迷いがなくなりました。私にとって月は富士山と並んで心ひかれる大きな存在でした。

 

講座現場での体験の感想

 

いつもワークショップなどの場ではとても緊張します。複数の人が集う場だからこそもたらされる偶然の出来事や情報のギフトの豊かさに期待し、場で起こることへの信頼は理解している一方で、苦手さを感じている私がやはり今回も自覚できました。

プルニマ様と私を含め3名の参加者でちょうどくつろげるほどのアットホームな空間に聖域をつくるように鎮座陳列するマウントフジフラワーエッセンのフルセット…。そしてなぜかよくお見かけするosho氏のポートレイトも…。その二つの存在のおかげでふと緊張がゆるみんだことを覚えています。

まず先だって行われたプルニマ様の誘導によるハート瞑想にもすっと入っていけました。その際に<スピリッツ>のエッセンスが使われたのが、他にも瞑想によいボトルがあるなかで、スピリッツというのは少し意外で、とてもマウントフジフラワーエッセンスらしくてステキだなーと感じたりしました。

 

『マウントフジフラワーエッセンスとエネルギーの世界』は折りにつけ良く読んでいましたが、書かれている内容への理解について、自分の中にエネルギー的な経験として幾らかでも重なるものがあると入ってきやすいのだな、という感じがありました。ある時まで、ちんぷんかんぷんだった箇所も、ある時に読み直すと深く染みいるように入ってくるようになっていたり…。

講座では、プルニマ様の経験を通じて咀嚼されたり、イグザンプルやエピソードを随所に取り入れられたり、なによりプルニマ様の経験とエッセンスに対する信頼と愛のエネルギーによって、とても楽しく、わかりやすく伝わってきた、という印象がありました。

たとえば、<変化を受け取るコツ>として話していただいたなかで、“変化は起きたがっているところに起きるので、起ころうとすることにひらいていること”。 変化がわからない事もある、でも信頼して、“見えないところで、ちゃんとお仕事をしてくれている”、とか、また、<マウントフジフラワーエッセンスの特徴>として、“個として生きながらも全体と調和して生きる、または、全体の一部としてありながら個として生きる”というあり方にうながしてくれ、“そうすると感謝しかなくなってしまう…”など、心に刻まれたフレーズがいくつもありました。

<フラワーエッセンスはどのように作られ誕生するか>という部分でも、ドラマチックに臨場感をもって感じられたのが、個人的にとてもよかった気がします。

それまで漠然と受け取っていた感覚や予感を、的確な表現であらわしていただいて、これまでの使用経験の答え合わせをしているような喜びもありました。

 

 

ミックスボトルのためのストックボトルを選ぶ

 

この基礎講座で習得する実技は、「カウンセリング必要なしの選び方」であって、そんな講座の内容自体、災害時の被災地でのボランティアをきっかけに誕生したのだというお話も興味深かったです。

ここで大事なことは、“こじあけない、寄り添ってくれる、そんなハートのスペース”だということ。ハートのスペースとは、“絶対受容”…。これはマウントフジフラワー エッンスの基礎であって境地のように思えました。「それなら技術がない私にもできるかもしれない」「そんなこと私にできるのだろうか」と、両方の気持ちが動きました。

 

まずバッチフラワーエッセンスの花カードを裏にして、直感で一枚。迷わず選べました。まず胸に当てて感じます。すると黄色のイメージと熱いくらいの温もりを感じました。<ゴース>でした。胸で感じたイメージどおり、そしてとてもシンパシーを感じる好きなお花の姿でした。(バッチフラワーはほとんど使用したことがありませんでした)。

ゴースの特質のネガティブな面は「絶望、完全な諦め、自暴自棄」。パンフレットで確認した瞬間、「またか、まだ引きずっているのか」というショックに一瞬襲われました。「絶望」は私が奥深くに隠し持っていたキーワードでした。

忘れもしない2000年、大学以降一人暮らしの生活から不本意に実家に戻り、持病の喘息の悪化に死に目にも会い、偶然その頃、友人と旅行中、友人から予備知識なくスリーインワンのお試しセッションを受けましたがその時に出てきた言葉がまさに「絶望、完全なあきらめ」でした。そして深い場所から溢れてくる自分のものとは思えない嗚咽…。

自分を前向きな人間と信じて疑わなかったので、天地がひっくりかえるようなショックでした。このことがきっかけ、という訳ではないですが、この頃を節目に、自分の内面の探究の旅が始まったように思います。フラワーエッセンスにも出会っていくことになりました。

講座では、それこそ、それ以上“ほじくる”ことはせず、次のステップへ進んでいきましたが、ゴースが選ばれたショックをずっと引きずっていました。

 

2つ目の選び方は、マウントフジフラワー エッセンスのラベルから選ぶ技法。その前提として直感が働くよう「ぼんやり」と見るための簡単なワークがあり、2、3本目に入ってきたものから1本を選択、<マツヤニ>でした。

心理的、感情的な部分に働きかけるバッチ、より高次で微細な領域にも働きかけるマウントフジ。そのせいでしょうかマウントフジフラワー の方では解説を読んでいても、どこの部分に自分が当てはまるのか、マツヤニのどの部分が同調して来てくれたのか、特定が私にはまだとても難しいのですが、<ゴース>の後に《豊かさ》の<マツヤニ>が来てくれたことに、少し心強さを感じられました。

“内なる聖と邪の争いと分断の魔術を解く”ことだったのだろうか?。

今年の旧暦の正月前後、パビットラさんのブログ記事によるおすすめからマツヤニを使って今年の目標テーマを掲げたことも思い出しました。

 

残り2本は、ついに苦手なペンデュラムを使用しての自他によるボトル選びでした。

自分でバッチの<セラトー>、パートナーの方に選んでもらったのがマウントフジの<タチツボスミレ>でした。

手の震えが止まらないペンデュラムで選んだお花が<セラトー>、“判断に自信がない”。ドンピシャなタイミングには思わず自分で笑ってしまいました。やはりバッチフラワーは、現状の問題に直接的で、わかりやすい、という感触を得ました。でも、ポジティブ面の意味を見るなら、表面の問題がもっと深い本質に通じる、という事は、今我が身をふり返ってわかります。

<セラトー>は“自分自身の直感を信じる、確信を持つ”、で私が講座で設定したテーマは「お花たちのように、ありのままの自分で生きられるように」でした。

 

<タチツボスミレ>は遠隔セッションの中で最初に選んでいただいたお花の一つにも入っていており、マウントフジフラワー の中でも特にシンパシーを感じていたお花の一つでした。

使用しはじめた頃、庭にハートの葉っぱのスミレがどこからかやってきて、今では庭のあちこちに広がりました。そのスミレの様子を日々眺めていると、とても賢いな〜と驚かされます。目に見えない天候や環境の違いをちゃんと知っていて選びとり身を守って、そのあまりに脆く可憐なお花を逞しく咲かせ、その優しい力で場を和ませているように見えるのです。

講座では、縁あってご一緒した参加者の方に選んでいただいたことが感慨深くただ嬉しかったですが、今思えば、家に帰ってからその後に起きた出来事にまで、他の3つのボトルのお花たちとともに、<タチツボスミレ>がはたらきかけてくれたように思います。

それは、絶望を抱えた私の心の拠り所としていつも寄り添ってくれていた猫たちにまつわる出来事です。

“家族の問題を自分の問題や症状として引き受けた子どもやペットなど敏感で弱い立場にいる存在が身体を張って、癒しの役割や調整役を果たしてくれることがある”。

講座の最後に雑談中、外で猫の鳴き声が聞こえてきたことも、今思えた不思議なシンクロニシティとして思い出されたことです。

 

実践の最初のワークの段階で「私は、ぼんやり見るのが苦手なのだな、凝視する癖があるのだな」という気づきがありましたが、ボトルが選ばれていくほど、またEPPを使ったヒーリングの実技のあと、緊張が抜け、くつろいでいく私に気づきました。

雑談をしている頃には、講師のプルニマ様を見ている視界の感覚が、ぼんやりと、周囲と一体して見えているのがわかりました。疲れたから、というわけではないと思っています。

 

 

講座後の変化や気づき

 

家に帰っても、再会してしまった“絶望”のことが気になっていました。それで、迷った時の<今日のエッセンス>をポチっとしました。<アメリカセンダングサ>でした。

“深い絶望や落ち込みを乗り越える時に…長期の否定的状況、慢性的な低迷状態に…”。

そういうことか…。<アメリカセンダングサ>は、昨年のパビットラ様による対面セッションで第2チャクラに選ばれたボトルでもありました。それから、もう8ヶ月経っていましたが、まだその流れが続いているという感覚があり、講座参加と同時にフォローアップをいただくための経過報告をまとめるため振り返りをしているタイミングでもありました。

<ゴーズ>のおかげで、<アメリカセンダングサ>の位置づけがクリアーにわかったように思いました。

少し脱線しますが、バッチフラワーに今まで私が触手が動かなかったのは、各お花の解説の内容など書かれたものの表現が、私にはあまりに直接的で合理的に感じられていたところもあったかと思います。(私にとって書かれた文章から感じるものが商品など選ぶ際にとても重要な判断基準になる傾向があるのです)。マウントフジフラワーエッセンスの表現の方には魂に響くようにフィットし、なんいうか、うっとりしてしまいます。

でも今回は、その両方のブランドの相乗効果で自己のテーマに認識が明確に深まったことが、基礎講座の大きなギフトの一つだったと思います。

私の中には、バッチ氏が亡くなられた後のバッチフラワーは「より現実的なフラワーエッセンス」といった偏よった見方があったように思います。でも今回、プルニマ様から話題が出て、バッチ氏がとても繊細な方だったこと、晩年は都会から離れ自然の中だけで暮らしていたことなど人となりのエピソードをうかがうことでことができ、バッチフラワーに対する私の印象に変化がもたらされたことも大きかったです。

 

「私の中にある絶望感は私の力になるはずだ」。

<アメリカセンダングサ>のページを読んで、そんな気持ちが湧いてきました。このシンクロ的な出来事から自分なりの洞察が広がり、フォローアップのための経過報告書の方が自分の自叙伝を綴るように長く長くなってしまいました。結果、レポート提出の延長をお願いすることに。

遠隔セッションから、対面セッション、そして今回の基礎講座へと、見事にバトンリレーされていった感じがあります。

経過報告に書きました私の絶望から再生の物語をここではとても書ききれませんが、経過報告書提出の直後に起き、経過報告には書けなかった出来事につながる部分をここで書かせていただきます。

 

講座で選ばれたミックスボトルは数日で飲みきってしまいました。プルニマ様が、エッセンスの使用の仕方は自由で「私は3日くらいで使ってしまう時もある」とおっしゃっていたことが頭にあったかもしれません。「それくらい自由でいいんだ」。なので、自然のままでした。

まず、最近おさまっていた母への苛立ちの感情がまた激しくあふれてきました。「どうしていつまでたっても無くならないのだろう?」。

ずっと謎だった問いの答えが今回はすぐにわかった気がしました。

私の人生の目的は「母」ではないからだ。私のテーマは「私自身の探求」だ。母を対象にしている限り、くすぶりは消えるわけがない。

 「自分にとっての真理の探求」こそ私が今世に選んだ人生の目的。“覚悟しなさい、やり遂げなさ”、対面セッションでの源からのメッセージでした。完全なる存在の肯定、と感じたはずなのに、母との介護の日々の中でどうしても揺らいでしまうところがあったと思います。

「母から、家から、家系のカルマから逃れる術がない」という自分自身の中にある絶望感は、一つ一つの命のかけがえなさに目を向けず全体のために弱き者を犠牲にしてきた社会や時代、国家、人間社会に対する怒りや絶望感へと重なっていたと思います。人間が犯してきた植物や動物を含めた自然に対する罪に対する怒りも。さらに、そのことに、なす術を持たない無力な自分に対する度し難い罪の意識。私も、もはや許されようのないほど罪を重ねてきた人類のひとりだ、と。

そんな、人の世界に対するネガティブな信念のせいでしょうか、私の人生の中で「救えなかった、見殺しにしてしまった」というパターンが繰り返されてきました。それは、私の中の絶望を象徴するものでもあった気がします。

特に愛しい猫たちとの事。この8ヶ月の間にも、なぜか「助けて」と訴える命の鳴き声を耳にしてしまう出来事が重なりました。詳細は経過報告の方に全て書きましたが、この冬には我が家を選んで助けを求めてきた子を凍えて死なせてしまいました。一方で、トラウマの克服を実感できるような救いの体験もしました。でも経過報告を書き上げる直前には、もっと昔に、私が見殺しにしてしまった子への罪悪感の記憶が、耐え難く蘇る出来事にも遭遇していました。

 

経過報告を書き上げた2日後、また幼い猫の鳴き声が隣家と二軒隣の庭の間から聞こえてきました。その子は間も無く我が家にターゲットを絞り、「入れて入れて」とものすごい勢いで訴え、隙あらば家に入ってこようとしました。決してあきらめる様子はありませんでした。

この2年、毎年1匹ずつ拾い、同居の兄は「もうこれ以上は猫はダメ」と断言されてました。さらに母の介護もあり無理を強いるのも難しい状況でした。でも、この健気な命の訴えを私にはとても見捨てることができそうにありませんでした。

それに、「この尋常でなく我が家に入りたがっている子が、今まで<タチツボスミレ>の役割をしてくれていたニャーたちの生まれ変わりだったら?私が救えなかったり、見殺しにしてしまった子の生まれ変わりだったら?」。

「それに、今、この段階で起きていることなら必ずパターンを越えられるはずだ、これはチャンスなはずだ…」。

この手のことでは特に感情的でパニックになりやすい私が、現実的な思考をはたらかせ、自分の判断と直感を信じて、事態を望む方向に動かすための打算とも言える行動に出て、見事にやり遂げられたことは、まさに<ゴース>で、<アメリカセンダングサ>だったのでしょうか。<セラトー>も役立ってくれたのだと思います。

その夜には、一切の障害も軋轢もなく、だれかの犠牲もなく、その子は家族皆の喜びをもって我が家の4男坊に迎え入れられました。その子自身の生きようとする生命力に押されたような気がします。

さらに、もうひとつ、兄が「◯◯」と名付けた4男坊君は私にギフトを運んでくれました。

私は社会への怒りを投影するように、迷い猫騒動が起きる度、実はご近所さんや他の家族に怒りを抱いてしました。「みんな聞こえていたはずなのに、見て見ぬふりをして、何ぜ私にばかり押しつけるの!」。

でも今回の騒動で、猫好きの集まるご近所さんが、実はそれぞれ飼いたくてもどうしても飼えない事情があること、それが辛すぎて、見て見ぬ振りをしていたとを知ることができました。我が家で飼うことになったのを心から喜びながら、4男坊を覗きに来たついでに、「押し付けてしまったようで、ごめんね」と、それぞれに胸のうちを語っていってくれたのも不思議でした。

兄は、猫が私にしかなつかないのが寂しくて反発していただけのようで、4男坊と眠るのが「寝返りができない」と文句を言いながら楽しみにしているようです。

天と地のエネルギーの両方を得てもたらされる豊かさ、<マツヤニ>に通ずる体験だったのでしょうか。自分を変化できる、という自信もついた感じがあります。

私の中の「救えなかった、見殺しにした」という罪悪感も、やっと雪解けしていくようでした。 

 

他者へのペンデュラムを使ったボトル選びの実践

 

講座での実技で「自分のマインドとは別の次元でペンデュラムはちゃんと働く」という実感を得ながらも、その後も「自分が本当にペンデュラムを使えているかどうか」という不安は残りました。

今思えば不思議に、講座の後、クライアントモデルに喜んでなってくれる人が、現れてくれました。我が家に出張で家族の気功整体に来てくれた友人と、最近、意気投合するようになった営業の若い女の子です。かしこまった形でなく、ちょっとやってみる?という遊び感覚の気軽な雰囲気でペンデュラムの実践を試せたのは、私にとってもよかった気がします。

長い遠回りと苦悩や葛藤の末に、ついに最近に気功整体師という天職にたどり着き道に邁進している友人には<オオイヌノフグリ><ホトケノザ><シシウド>でした。

とても活発で明るい営業の女の子は「気になっている彼と付き合いたい!」とのテーマ設定で、<イタドリ><シロバナタンポポ><ツリガネニンジン>でした。各ボトルの解説を読んでもらった後の彼女の雰囲気が、やり手の営業ウーマンの雰囲気からまるで違う、素の感じにがらりと変化したのが印象的でした。

気功整体師の彼女にはミックスボトルを差し上げましたが、その後まもなくお身内が亡くなられたということで会えていなく使用の感想は聞けていないのですが、自信のない私であってもペンデュラムは適確で、なおかつ深い、と認めざるおえない貴重な経験をいただきました。

 

ペンデュラムの洞察の深さという点で、ボトル選びとは別の用途でのことでしたが興味深い経験だったので書かせていただきます。

先日、母との日常から解放され上高地へ貴重な日帰り旅をした際、鈍行列車のボックスシートタイプに乗りたくて(最近の中央線は都内から払い下げられたロングシートがほとんどになっていて車窓の風景も旅の情緒を味わえないのです)、ペンデュラムにお試しで聞いてみました。

往路と復路の選択範囲内の時刻便をノートに書き写し、はい、といいえ、の用紙を利用しました。往路でははっきり1便に「はい」の反応、帰路は「はい」はありませんでした。ところが、往路のその便はロングシートだったのです。ペンデュラムの手応えに確信があったのにがっかりし、車窓が楽しめないならと上高地の滞在時間を伸ばしました。結果的に復路に利用した便がボックスシートでした。おかげでもう真っ暗な車窓でしたが、そこに大きな花火の打ち上げというギフトをもらえ旅の贅沢な時間を味わいました。それにしれもなぜ選べかなかったのか、また疑念が残りました。

自分の新たなミックスボトルをまだ選んでいなかったので、レポートを書くにあたり、少しまた不安になりながらペンデュラムで選んでみました。

設定したテーマは、「母には愛情の見返りを求めない感謝を、私には解放と自由を」、でした。このテーマは、上高地の梓川沿いに咲き誇るミゾソバの道を散策しながら、車窓に花火を見ながらふと浮かんできたことでした。

選んでる最中もたどたどしく何度も水を飲みました。でも選ばれた4つのボトル、<サオトメカズラ><ダンチク><フジ><ミゾソバ(ピンク)>。「やっぱりちゃんと選べている」と思わざるおえない結果でした。

「では、なぜ?なぜ列車は選べかなったのだろう?」

まだこだわっていました。何か意味が隠れているはず。ふと閃いて、候補の便の時間帯を記したメモを探して見返しました。「やっぱりだ。このせいかもしれない」。私は往路を表に、復路の裏に一枚の紙に書いて使っていたのです。

往路で「はい」と出た便の真裏に、ちょうどピタリと重なって書いていた復路の時間帯こそ、事実私が乗った「ボックスシート」の便の時間帯でした。

「尋ねることは曖昧でなく正確に設定すること」、講座で習った言葉が思い出されました。

そのメモの使い方の誤りが原因だったのか定かではありませんが、ただ結果的には、往路ではなく、爽やかなミゾソバの道を歩き、帰り花火のギフトを見ながら、ゆっくり心を見つめ返せたことが旅の果報を得るのにベストだった気がします。

ペンデュラムへの苦手意識も克服できそうです。

 

 

思いつくままに書いたため長くなり脱線もあり、また読みにくい点も多いかと思いますが、お許しください。

 

このレポートを心からの感謝の気持ちとしておくらせてください。

講師のプルニマ様はじめ、会場と美味しい冷やし中華にデザートを提供してくださったpuja様、縁あってご一緒できた参加者の仲間のお二人にも

 

ありがとうございました。